宝厳院Hogon-in Temple
大亀山 宝厳院(だいきざん ほうごんいん)は、臨済宗天龍寺派・大本山天龍寺の塔頭寺院です。室町時代に細川頼之公の財をもって、天龍寺開山夢窓国師より三世の法孫にあたる聖仲永光禅師を開山に迎え創建されました。ご本尊は十一面観音菩薩、脇仏には三十三体の観音菩薩、足利尊氏が信仰したと寺伝にある地蔵菩薩像が祀られており、西国三十三ヶ所巡りに等しいと伝えられています。
また、庭園は室町時代の禅僧策彦周良禅師によって作庭されています。嵐山を借景として巧みに取り入れ、また「獅子岩」等の巨岩を配した借景回遊式庭園であり、江戸時代の京都の名所名園を収録した【都林泉名勝図会】にも掲載されています。
寺宝・名所
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正門
自然との調和を意識した素朴な正門は、境内の南東に位置しています。
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獅子吼の庭
獅子吼の庭は、室町時代の策彦周良禅師により作庭されましたが、天龍寺の曹源池庭園とおなじく、「龍門瀑」の表現が引き継がれています。 龍門瀑とは中国夏朝の皇帝・禹がその治水事業において山西省の黄河上流にある竜門山を切り開いてできた急流のことです。中国の故事にある「登龍門」の由来である「鯉が三段の滝を登って将に龍に化す様」を現しており、鯉が死を賭してまで龍になるべく努力する様子にならって、修行僧が観音の知恵を得る(悟る)まで、努力をしなければならないことを、借景回遊式庭園のなかで表現しています。
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本堂襖絵「風河燦燦三三自在」
本堂の襖絵である「風河燦燦三三自在」は、田村能里子画伯筆の作品です。58枚の襖絵は3室構造にて仕切られております。その襖絵ですが、あまり例がない朱色であり、その朱色は命が宿り燃えている色なのだとか。33人の老若男女が描かれていて、それは、脇仏に同じく観音様が衆生を救うために現世に現れる姿として描かれました。
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書院
書院は大正8年に建てられたもので、大正から昭和初期の数寄屋建築の黄金期に建てられたなかでも、近代数寄屋建築の礎となる建物です。
沿革
寺伝によると、宝厳院は、寛正2年(1461年)室町幕府の管領であった細川頼之公の財をもって、天龍寺開山夢窓国師より三世の法孫にあたる聖仲永光禅師を開山に迎え創建されました。
創建時は、現在の京都市上京区の位置にあり、広大な境内を有した寺院でした。応仁元年(1467)から文明9年(1477年)までの約10年間にわたって継続した応仁の乱により京の都は灰燼と化し、宝厳院もまた焼失します。その後、天正年間(1573年 – 1591年)において豊臣秀吉より御朱印料三十二石を付与、徳川幕府も明治に至るまで外護いたしました。その後変遷を経て天龍寺塔頭弘源寺境内に移転後、2002年現在地(旧塔頭寺院跡)に移転再興いたしました。
拝観のご案内
現在の情報
- 公開期間
- 毎年春・秋に特別公開を実施
- 公開内容
- 嵐山借景 回遊式山水庭園 「獅子吼の庭」、本堂、本堂襖絵「風河燦燦三三自在」(田村能里子画伯筆)
- 拝観休止日
- 通常非公開 特別公開期間中は法務により休止日有り
- 拝観時間
- 9:00~17:00閉門(受付終了16:45)
- 拝観料
- 庭園 500円 本堂 500円
- ご連絡先
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- 電話番号 / FAX
- TEL 075-861-0091 FAX 075-861-0034
- URL
- http://hogonin.jp/
交通案内
- 名称
- 大本山天龍寺塔頭 大亀山宝厳院
- 所在地
- 616-8385 京都府京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町36
- 交通アクセス
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- 電車でお越しの方
JR「嵯峨嵐山駅」下車徒歩10分
嵐電「嵐山駅」下車徒歩3分
京阪「三条」下車(地下鉄、嵐電乗り換え)嵐電「嵐山駅」下車
阪急「嵐山駅」下車徒歩10分
- バスでお越しの方
●京都市バス
JR京都駅前より京都市バス 28番にご乗車、「嵐山天龍寺前駅」で下車。
そこから徒歩約5分です。●京都バス
JR京都駅前より京都バス72番、もしくは73番にご乗車、「京福嵐山駅前」で下車。
そこから徒歩約5分です。
- 駐車場
- 天龍寺駐車場(有料)